「なんちゃって慈悲の瞑想」でも1年続けたら効果絶大

2020年9月17日

ビジネス系の書籍などで紹介されていた「慈悲の瞑想」。

「心が穏やかになる」と書かれていたので、無理のない範囲でテキトーに生活に取り入れてみたところ…。

1年続けたら、思っていた以上の効果が出て、私自身がビックリ。

今回は、正式な手続きを踏まない、「なんちゃって慈悲の瞑想」でも、1年続けたら、なかなかの効果が出た、という体験報告をさせていただきます。

「なんちゃって慈悲の瞑想」って何?

 

正式な「慈悲の瞑想」は、ざっくり言うと、次の通り。

・仏教を実践するうえで土台となる「慈悲の心(慈しみの心)」を育てるためにおこなう。

・決められた言葉を、静かに心にしみこんでいくように、丁寧に丹念に念じる。

・姿勢は背筋と頭をまっすぐにして、目を閉じておこなう。

 

「慈悲の瞑想」は、安定したメンタルをつくる方法、精神疾患からくる不安を和らげる方法として、何冊かの本に紹介されていました。

 

「ちゃんとやったら、素晴らしい効果が得られるんだろうなあ」とは思うものの、時間をさいて、イスや床に座り、目を閉じて、「慈悲の瞑想」をやるというのは、面倒…。

それで、私流にテキトーにアレンジしたのが、「なんちゃって慈悲の瞑想」です。

 

私が実践している「なんちゃって慈悲の瞑想」のやり方は、

①お風呂に入っているときに、「慈悲の瞑想」の言葉を唱える。

②頭を洗っているときは目をつぶっているが、ほかのときは目を開けている。

③身体はつねに動いている(あちこち洗っているのでね)。

④ゆとりがあるときは、言葉にそくしたイメージを思い浮かべる。

(例:「私の嫌い生命」について唱えるときは、ケンカした夫の顔をありありと思い浮かべる、など)

⑤言葉の区切りのいいところで、ゆっくり1回、深呼吸をする。

 

これだけです。

 

お風呂に入っている間、ずっと唱えているので、所要時間は、まあ、30分ぐらいでしょうか。

意外と長いので、実践時間としては、まずまずではないかと。

毎日、取り組んではいますが、すっごく疲れて、声を出すのがシンドイときは、お休みします。

 

「なんちゃって慈悲の瞑想」の効果

 

「なんちゃって慈悲の瞑想」を1年間、続けたところ、日常生活での変化を実感するようになりました。

すぐに感じることができる効果と、1年の積み重ねで感じる効果について、お伝えしますね。

 

「なんちゃって慈悲の瞑想」の即時的な効果

私が、「なんちゃって慈悲の瞑想」を始めたのは、母の死がきっかけでした。

 

私に対する母の最期の言葉が、「ナオミは、バカでノロマで、肝心なときに役に立たない」だったので、えらくショックを受けまして…。

どうしても、母の言葉を思い出して、ツラくなってしまうので、「慈悲の瞑想」を試してみたのです。

 

お風呂に入りながら、「慈悲の瞑想」の言葉を唱え続けていると、お風呂を上がるころには、なんと、気持ちが落ち着いています。

本当にツライ時期は、お風呂だけでなく、通勤電車の中、最寄り駅まで歩く道すがら、布団に入って寝つくまでの時間に、ブツブツと「慈悲の瞑想」の言葉を唱えました。

 

一心に唱えていると、心がスーッと穏やかになります。

あんなにツラかったのが、ウソみたい!

 

ただ、しばらく経つと、また、気持ちがクサクサしてきます。

粘り強く取り組むことが必要です。

 

「なんちゃって慈悲の瞑想」の長期的な効果

「なんちゃって慈悲の瞑想」を1年続けて感じた効果は、次の通り。

 

①日常生活で、ネガティブな感情が浮かんでも、30分もあれば、気持ちが軽くなる。

②「自分はこのままでもいい」という感覚がもてるようになる。

③自分のことを大切にできるようになる。

④自分のありのままを受け入れることができるようになる。

 

残念ながら、「慈悲の心(慈しみの心)」が育ったかは、微妙です…。

夫と夫婦げんかをするときは、相変わらず、ひどい言葉を吐き捨てていますからね。

まあ、それは置いといて。

 

効果があったことの裏を返せば、私は、「ネガティブな感情を長々と引きずる。自己否定の連鎖に苦しむ。自分のことを大切にできず、受け入れられない」といった苦しい思いを、ずっと抱えていたということ。

 

もちろん、数年にわたって、身体の感覚を通して自分を知る心理療法のグループ(ハコミセラピー)に参加したことも大きかったと思います。

でも、「なんちゃって慈悲の瞑想」は、苦しい思いから抜け出す、最後のひと押しとなったのです。

 

「なんちゃって慈悲の瞑想」をすると苦しみがなくなる理由

 

「なんちゃって慈悲の瞑想」というテキトーなものでも、毎日続けることで、苦しみがなくなったのは、なぜか?

 

苦しい思いをするのは、結局、「自分で自分に与えるダメ出し」だったから。

つまり、「慈悲の瞑想」の言葉を唱えることに集中すると、自分を責める考えがどこかへいってしまうので、心が穏やかになるのです!

 

私の場合、夜、お風呂に入っていると、一日にあった嫌なことを思い出して、「なんで、あんなことをしてしまったんだろう」、「本当に私はダメな人間」と、自分にダメ出しをするのが習慣となっていました。

何十年も、ず~っとやっていた習慣です。

 

もちろん、自分を責める裏には、「より良い自分になりたい」という切なる願いがあります。

だからこそ、「理想的な自分」になれないと、がっかりして、ダメな自分を嘆く、責めるという悪循環…。

そして、自分へのダメ出しを続けていると、どんどん苦しくなり、「私なんて、生きていてもいいんだろうか…」という気持ちになります。

 

自分を責めるネガティブスパイラルにはまっているとき。

「慈悲の瞑想」の言葉を唱えることに集中すると、自分を責める考えがどこかへいってしまうので、心が穏やかになるのです!

 

「慈悲の瞑想」の言葉を、間違えずに、順番どおりに唱えようとすると、自分を責めたり、嫌なことを思い出したりする「ゆとり」がなくなります。

つまり、嫌なことを思い出す・考える時間をもたなければ、心の健康が保たれるのです

けずられることがなければ、心は回復していき、本来の力を取り戻します。

 

穏やかな心を手にするためには、自分を責める、あるいは、嫌なことを思い出す代わりに、「別なことをすればいい」のです。

 

「慈悲の瞑想」の全文

※日本テーラワーダ仏教協会HP 初期仏教の世界 「慈悲の瞑想」より引用

私は、幸せでありますように
私の悩み苦しみが、なくなりますように
私の願いごとが、かなえられますように
私に、悟りの光が、現れますように
私は、幸せでありますように(3回)

私の親しい生命が、幸せでありますように
私の親しい生命の、悩み苦しみが、なくなりますように
私の親しい生命の、願いごとが、かなえられますように
私の親しい生命に、悟りの光が、現れますように
私の親しい生命が、幸せでありますように(3回)

生きとし生けるものが、幸せでありますように
生きとし生けるものの、悩み苦しみが、なくなりますように
生きとし生けるものの、願いごとが、かなえられますように
生きとし生けるものに、悟りの光が、現れますように
生きとし生けるものが、幸せでありますように(3回)

私の嫌いな生命が、幸せでありますように
私の嫌いな生命の、悩み苦しみが、なくなりますように
私の嫌いな生命の、願いごとが、かなえられますように
私の嫌いな生命に、悟りの光が、現れますように

私を嫌っている生命が、幸せでありますように
私を嫌っている生命の、悩み苦しみが、なくなりますように
私を嫌っている生命の、願いごとが、かなえられますように
私を嫌っている生命に、悟りの光が、現れますように

生きとし生けるものが、幸せでありますように(3回)

※「慈悲の瞑想」の言葉がなじめない、難しいというあなたは、こちらの記事で別な言葉を見つけてみましょう。

いかがでしたか。

今回は、「なんちゃって慈悲の瞑想」でも、1年間続けると、心が健康になるということについて、お伝えしました。

なんちゃってでも、これだけの成果があるのですから、ぜひ、お試しください。

 

私自身、心を軽くするために、さまざまなことを試してきましたが、コスト対効果が一番良かったのは、「なんちゃって慈悲の瞑想」でした。

正式な形で取り組んだら、「慈悲の心」に到達するかもしれませんよ~。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。