プロフィール

2021年10月19日

藤野ナオミ

 

「完璧でなくていい」のサイトを訪れていただき、ありがとうございます。

しかも、「プロフィール」まで見ていただけるなんて、感激です!

 

 

 

私は、心理カウンセラーとして、これまでの21年間、主に教育機関でカウンセリングをおこなってきました。

そして、痛感したことがあります。

もって生まれた特徴と環境とのミスマッチによって、人知れず、深い苦しみやつらさを抱えている人が、なんと多いことか。

 

今は、スクールカウンセラーの仕事がメインなので、出会える人が限られています。

私が出会えないあなたが、心軽やかな日々を送ることを願って、私が体験したこと、考えたことをもとに、このブログを書いています。

もって生まれた特徴のために、ツライ思いをしているあなたが、そのままの自分を受け入れて、「完璧じゃない自分だけど、まあ、いいんじゃない」と感じながら、日々を送れますように!

 

 

生年月日・出身など

1968年11月6日

山口県生まれ(0歳~3歳)
福島県育ち(3歳~18歳)
東京都在住(18歳~現在)

 

現職

私立中高一貫校スクールカウンセラー(15年目)
公立小学校スクールカウンセラー(5年目)
知能検査テスター(WISC-Ⅳ)(3年目)

 

過去の職歴

<1991年~1993年>
某CATV局:番組制作、広報など
「夢を売る仕事」と思っていたのに、意外と病んでいる人が多い業界…。
アルコール依存症のプロデューサー、いきなり蒸発したAD(アシスタント・ディレクター)との出会いは、強烈でした。
マスコミ業界で、いろいろな人と出会ったことも、心理学を学びたいと思うきっかけとなりました。

<1998年~>
公立教育相談センター相談員(計8年間、2施設)
公立小学校スクールカウンセラー(計4年間、3校)
公立中学校スクールカウンセラー(計5年間、2校)
私立中学・高等学校スクールカウンセラー(5年間、1校)
大学(心理学部)講師(1年間、1校)
大学院付属臨床相談センター相談員(2年間、1施設)
療育機関相談員:SST、ペアレント・トレーニングも(4年間、1施設)
公立幼稚園行動観察(1年間)

 

心理カウンセリング業務について

これまで、主に教育機関で、子どもたち(小学生~高校生)や保護者の心理カウンセリング、教員へのコンサルテーションをおこなってきました。

相談内容は、わりと幅広いです。

悩みが深い方は、発達凸凹(発達障害の診断はつかないまでも、生まれつき得意なことと苦手なことの差が大きい状態)がベースにあり、取り巻く環境との不一致があるために、苦しんでいるのではないかと感じています。

  • 不登校・登校渋り
  • 学校への不適応(授業妨害、離席、学校になじめないなど)
  • 学習の難しさ(勉強が苦手、成績が上がらない、勉強にやる気が起きないなど)
  • 対人関係の問題(友人、対教員、恋人、職場の同僚、近所づきあいなど)
  • 体調不良(頭痛、腹痛、吐き気、食欲不振、不眠、だるさ、過敏性腸症候群など)
  • 自傷行為(リストカットなど)
  • いじめ
  • 情緒不安定
  • 家庭内の問題(親子、兄弟、夫婦、嫁姑など:虐待、DV、ハラスメントも含む)
  • うつ病になった教職員の復職サポート

ひとりひとりのクライエント(相談者)の良いところを活かして、問題を解決するよう働きかけています。

 

資格

○臨床心理士(2000年資格交付)
日本臨床心理士資格認定協会によって認定される民間の資格。
臨床心理学の専門家に与えられる資格です。
5年ごとに更新があり、更新までに必要な研修などを受ける必要があります。
臨床心理学の業界では、今のところ、歴史もあり、一番信頼の置ける資格と言われています。


○特別支援教育士(2011年資格交付)
特別支援教育士資格認定協会によって認定される民間の資格。
発達障害のアセスメントと指導をおこなう専門家に与えられる資格です。
5年ごとに更新があり、更新までに必要な研修などを受ける必要があります。


○公認心理師(2019年資格交付)
心理学に関する専門的な知識と技術をもっている専門家に与えられる国家資格。
2019年から交付され始めた、できたばかりの資格です。
更新制ではありません。

 

所属する学会など

日本心理臨床学会
日本遊戯療法学会
日本LD学会
日本臨床心理士会
東京公認心理師協会

 

学歴

○1991年 明治大学(日本文学専攻)卒業
親元を離れ、大学生活をエンジョイ!
演劇サークル、マスコミ研究室にも所属していました。
古事記の物語をもとに、女性の霊力について卒業論文を書きました。

○1996年 日本女子大学(心理学科)卒業
心理学に興味をもち、3年生に学士入学(四年制大学を卒業した人が、入学試験を受けることができる制度)。
基礎心理学から応用心理学まで、みっちり学びました。
「夜と霧」に感銘を受け、生きる意味と精神的健康の関連について卒業論文を書きました。

○1998年 文教大学大学院修士課程(臨床心理学専攻)修了
家族心理学分野で日本の先駆者だった岡堂哲雄先生(故人)に学びを得たくて、入学。
夫婦関係(両親の関係)が子どもに与える影響について修士論文を書きました。

○2005年 文教大学大学院博士後期課程(臨床心理学専攻)満期退学
岡堂哲雄先生のお誘いを受け、仕事を続けながらの学生生活。
支持的精神療法(相談者に寄り添い支える心理療法)について研究しました。

 

自己探求に役立った心理療法など

教育分析(精神分析):約2年間(ほぼ週1回)
集中内観:約12年間にわたり12回(1回あたり6泊7日)
一日内観:約9年間(ほぼ月1回)
日常内観:約9年間(ほぼ毎日)
ハコミセラピー:約5年前~現在まで
ストレングス・ファインダー
TFT(

 

趣味

○自己探求(ダントツ一番の趣味!)
大学や大学院の学費を除いても、「自己研鑽」という名目で、かなりのお金を使っている…。
自分の苦しみがどこから、どのようにして生まれるのか、心穏やかな日々を送るためにどうすればいいのか。
その答えを得たいという思いで参加した研修会、セミナー、ワークショップの数々。
ここまでくると道楽だな~。

○読書(マンガから専門書まで)
通勤電車の中が、読書タイム。
速読法を学んだはずなのに、読むのが遅い…。
このところ、いたく感動したのは、「ホモサピエンス全史」上下巻。
ちょっと前は、「みをつくし料理帖」全10巻+特別巻。
古いところでは、「利己的な遺伝子」。
「バムとケロ」の絵本シリーズも大好き。

○ドラマ、アニメを見る
家事をしながら見ています。
感動して一人で泣くのが好き。
面白かったという印象が残っているドラマは、「ギフト」、「邪魔してゴメン!」、「この世の果て」、「天皇の料理番」。
面白かったという印象が残っているアニメは、「機動戦士ガンダム」、「鋼の錬金術師」、「進撃の巨人」。

○研修会やセミナーの動画を聞く
外を歩いているときに聞いています。
Webで研修会やセミナーを受けると、その後の動画視聴が可能になるものが多く、それを聞いています。
最近は、時間術、起業、アイディア創出、ライティング、知能検査、ストレングス・ファインダー、心理療法などなど。

○自然の中を歩く
大自然の中、道なき道をいくのが好きです。
結婚する前までは、遭難しかけるとワクワクしました。

でも、都心だと、なかなか味わえないのが残念。
近所の親水道路や公園を歩いて、ちょっとした自然を楽しんでいます。

○節約
ただのケチです。
割引クーポン、ポイント、大好き!
最近は、楽天ポイントを使ってファミリーマートで買いものをするのが、ひそかな楽しみです。

 

好きな言葉

転んでもただでは起きない
人事を尽くして天命を待つ
為せば成る
人間万事塞翁が馬
なるようになる
人生プラスマイナスゼロ

 

ストレングス・ファインダーのトップ5

1.学習欲
2.内省
3.成長促進
4.共感性
5.収集心

 

家族

○夫(1歳年上:専門職)
2005年に結婚した夫。
なかなか個性的な人です。
物をよく失くす、いろいろなことを忘れる、一方的によくしゃべる、相手の話を聞かない、興味があることに突っ走る。
嫌なことを翌日に持ち越さない、いつも楽しそうにしている、仕事の時は無口なダンディを装っている。
家電、スポーツ観戦、映画鑑賞、ジョギングが趣味。

○息子(中3)
2006年に生まれた息子。
こちらも、なかなか個性的です。
物をよく失くす、忘れ物が多い、探し物が苦手、かなりの偏食、痛みに弱い、新しい状況が苦手。
嫌なことを引きずらない、人の話をちゃんと聞く、やるべきことはきちんとやる、興味のあることは極めたがる。
かつてはゲーム三昧でしたが、今はファッションに興味があるみたい。

二人とも、性格は素直で、裏表がありません。
ケンカをしても、すぐに仲直りできます。
ケンカを引きずるのは、私でした~。
ごめんよ~。

 

日課にしていること

○睡眠の質を高める
睡眠をしっかり取ると心が整うので、7時間以上の睡眠時間を確保し、寝る時間帯にこだわっていました(22:00~2:00の時間帯は必ず寝る)。
でも、2021年2月からスマートウォッチで睡眠の測定を始めたら…。
ガッカリするほど睡眠の質が低いことが判明!!
「深い睡眠」の時間を増やすため、様々な試みを重ねています。

○朝散歩
睡眠の質を高めるために、朝起きたらウォーキングに出かけます。
仕事がある日は15~20分程度、仕事がない日は30分。
3分の早歩き、3分のゆっくり歩きを組み合わせています(インターバル速歩)。
散歩に出かける前、帰った後に水を飲み、熱中症予防も欠かしません。

○HIIT(High-Intensity Interval Training)
睡眠の質を高めるために、朝散歩の後、HIITをしています。
HIITとは、20秒の激しい運動と10秒の休憩を繰り返すインタバルトレーニング。
私のお気に入りは、「Sportsnavi」が配信しているHIITの動画。
【1日4分で脂肪燃焼】プロが教える「HIIT」トレーニング
腕を動かす動作が入っているので、肩こりにも効く感じです。

○未来先取り日記
HIITの後、「未来先取り日記」を書きます。
印刷された肯定的な文言をなぞった後、自分の実現したい夢について書きます。
最初はボールペンで書いていたのですが、筆ペンを使ったら、すっごくいい感じ!
気持ちがスッと整うし、邪念が消えます。

○ちょこっと運動
しっかりと運動をするほどの時間が取れないので、ちょっとしたときに運動をしています。
息子を保育園に預けていた6年間は、お迎え時間(18:30)に間に合わせるため、自転車で片道30分~1時間かけて通勤していました(子ども乗せをつけたロードバイク)。
都心は、電車を使うより、自転車のほうが速く移動できるのです。
以来、心電図をとると「徐脈(脈が遅くなる)」の結果。
医者からは、「アスリート心臓ですね。何かスポーツをされてますか?」と聞かれます。

今、実践しているちょこっと運動。

  • 通勤する際は、最寄り駅まで片道15分歩く。往復30分。
  • 朝は最寄り駅までダッシュすることも、ちょいちょい…。
  • エレベーター、エスカレーターは使わず、階段を使う。
  • 建物の中も基本的には階段で移動する。
  • 階段は、駆けのぼる、駆けおりる。
  • 片道30分程度(7㎞ぐらい)なら自転車で移動する(今はママチャリだけどね)。

○マインドフルネス(瞑想)
家事をしながら、歩きながらなど、毎日、マインドフルネスをする時間をもっています
「なんちゃってマインドフルネス」と勝手に名づけた、いい加減なマインドフルネスです。

数年前から、週に1回(40分)、マインドフルネス仲間と一緒に、オンライン・マインドフルネス。
だれかと一緒にマインドフルネスをやると、深まり度がハンパないです!
ストレス解消、自分への気づきが深まる、新しい解決策が見つかるなど、貴重な時間になっています。

○慈悲の瞑想
お風呂に入りながら、慈悲の瞑想を唱えます。
イライラしている時は、頭の中から嫌なことが抜けていき、心がスーッと静まります。

○おんぶ療法
母との関係で受けた心の傷を癒すために簡単にできる方法がないか、あれこれ探したところ、見つけたのが「おんぶ療法」。
夫におんぶしてもらい、一緒に年齢分の数を数えていくだけ。
夫との関係が良くなったからこそ、できる方法ですわ~。
自分を責めるモードに入っているときにやると、ビックリするほど気持ちが穏やかになります。

※「心身養生のコツ」(2019)神田橋條治著 岩崎学術出版社には、「母におんぶ」という名前で掲載されています。
私が夫との間で、勝手に「おんぶ療法」と呼んでいます。

 

 

身の上話(ヒストリー)

私自身、「人とはちょっと違う特徴(発達凸凹)+傷つく体験=苦しい思い」を抱えているのだと、数年前に気づきました。

私が、そうなるにいたったヒストリー、苦しい思いがなくなった経緯など、おつき合いいただけると、うれしいです。

 

 

母は、いわゆる「毒親」でした。

私にだけ、ひどい態度を取ります。

母の思い通りにならないと、たたく、怒鳴る、無視する、ほかの兄弟と比べてけなす…。

そして、延々と、父、父方祖父母、父方の親戚に対する愚痴と悪口。

母が嫁姑関係で苦労していたこともあるのでしょうが、私は母の八つ当たりの対象であり、母の心にたまった汚物のごみ箱でした。

 

小学校の低学年の時には、心身症(心の問題が身体に現れる病気)を発症。

学校から帰ってくると食べた給食を全て吐く。

原因不明の便秘のため、病院へ行って治療を行うと、白い便が出た。

足の甲にガングリオンというこぶができ、注射器でゼリー状の内容物を抜き取られた(すごく痛い)。

 

中学時代は、熱心な担任の先生から、「ナオミは、なんか、変わってるよね~」と言われながら、温かいサポートを受けることができました。

私の寂しさや虚しさのようなものを感じ取った先生が、私を助けてくれたのではないかと思っています。

 

でも、家は、私のせいで大変な状況に。

同居していた父方祖父母の悪口を母からさんざん聞かされていたので、私は祖父母を「敵」と認識していました。

「母のためにいつか成敗してやろう」と思っていたほどです。

両親や兄弟が留守だった時、祖母が作った料理がマズいといちゃもんをつけ、大喧嘩をします。

後日、そのことを知った父が、私のえりくびをつかんで怒鳴りつけるという事態に発展。

母は、私たち兄弟を連れて、家を出ます。

 

父は祖父母のもとに残り、別居状態。

母は楽しそうに毎日を送っていました。

でも、私は自分のためにとんでもないことになったと、激しく後悔。

大好きだった父からも嫌われてしまったため、高校時代は、うつっぽい感じに…。

そのせいか、高校時代の記憶は、薄く、あいまいになっています。

 

高校でも無気力で、成績は下の下。

大学進学には全く興味がありませんでした。

母が「私よりバカが高校へ行った。私の生きがいは子どもたちを大学へ行かせること」と言い出した時、「家から離れた大学でもいいんだったら、家を出ることができる!」と思い立ちます。

 

母から、「大学へ合格するのなら、どこの大学でもOK」という確約を手にした私。

「家から離れたい!」という一心で、がむしゃらに勉強しました。

なかなか成績が上がらず、仲の良い友だちもいない高校生活を必死で駆け抜け、晴れて、実家(福島)から離れた東京の大学に合格!

 

晴れて、大学生となり、夢に見た一人暮らしが始まります。

演劇サークルに入り、お芝居にも挑戦。

高校時代は声優になりたいと思っていたので、演技の勉強がしたいと思っていたのです。

ただ、途中から入部してきた男子学生に嫌われ、陰でずっと意地悪をされたため、うんざりして2年で演劇サークルを辞めます。

 

その後は、就職が心配だったので、教職課程で学んだり、マスコミ研究室に入ったり。

マスコミ研究室で小論文や面接対策の勉強ができると聞き、「役に立つかも」ぐらいの感じで入ったのですが、真剣にマスコミ業界への就職を目指す仲間たちに触発されます。

「私も人を元気にする仕事がしたい!」とマスコミ業界を目指して就活に励むことに。

 

大手のテレビ局、ラジオ局、出版社では、ことごとく不採用だったのですが、ケーブルテレビ局に拾ってもらいました。

海外の番組をベースに、スポーツ番組、ニュース番組、エンターテインメント番組を制作する仕事を担当。

とはいっても、AD(アシスタント・ディレクタ―)でしたが…。

 

「エンターテインメント番組は、後々、お前に仕事を任せる」とプロデューサーに言われ、プレッシャーを感じる。

ディレクターからは「女がこの仕事を担当するのは初めて」と困惑され、「女だからダメだと思ったら言ってください!」とタンカをきる。

深夜も、休日も、必死に働きました。

 

しかし、就職して2年目。

部署が異動になったのをきっかけに、メンタルがやられました。

「お前に任せる」と言われた仕事も外され、「私は会社の駒に過ぎない」と痛感したのです。

人と話すのが怖くなり、周りのものが別次元にあるような現実感のなさ。

机を壁に向けて他の人が見えないようにしないと仕事ができないほど、調子が悪くなりました。

 

心の中が、ものすごく苦しい。

わらにもすがる思いで受診した心療内科のクリニックでは、「通院するほど重症ではない」と言われて、おしまいでした

クリニックの医師が私の話を丁寧に聞いてくれたのが、すごくうれしかったので、もう一度通院したら、私の話を全く覚えていない。

薬も出してもらえず、懇願したら「それじゃあ」と出してもらえる程度。

「ここでは治してもらえない」と感じます。

 

テレビ業界は「夢を売る仕事」だと思っていたのに、仕事で出会う人たちが意外と心に闇を抱えていました。

男性が多い職場だったせいか、暇な時間に出てくる話題は、「上司の悪口。仕事のグチ。下ネタ」。

朝からお酒を飲まずにはいられないアルコール依存症のプロデューサー。

いきなり蒸発してしまうAD(アシスタント・ディレクター)。

昇進をきっかけにうつ病を発症する人。

「どうして人は心を病むのだろう」と思っていたこともあり、「私が心を病んだのはなぜだろう」と疑問を抱くようになっていました。

 

「心理学を学んだら、自分の苦しさを解くカギが見つかるかもしれない!」

そう思って、2年半勤めた会社を退職し、猛勉強。

心理学科のある大学に学士入学したのです!

会社員時代に貯めたお金を学費につぎこみ、学生に戻ってからは家庭教師のアルバイトに励みました。

 

しかし、大学時代の精神状態はあまり良くなく、落ち込むことがあると、しばらくは部屋のでじっと固まっている。

人と話すのが怖いので、飲み会などは避ける。

おどおど、びくびくしていたので、卒業論文の指導教官からは「君は新興宗教にはまるタイプだ」と言われたほど。

学士入学した同期の学生からは、「頑張るのはいいけれど、あなたを見ていると痛々しい」と心配されました。

 

頭があまり良くないからか、精神状態が悪くて集中できないからか、心理学の知識が頭に入ってきません。

「もっと学ばなければ」と思い、大学院(修士課程)へ進みます。

修士課程で学ぶうちに、学んできた心理学の知識がパーッとつながっていき、「ああ、こういうことだったのか」と腑に落ちました。

 

心理学の知識をたくさん学んだのですが、私の心は、なかなか軽くなりません。

身体の丈夫さと空元気だけで、日々を乗り切るような感じ。

それでも、私と同じようなツライ思いを抱える人を一人でも減らしたいと思って、心理カウンセラーとして働き始めました。

 

大学院のスタッフからは、「あなたのような病んだ人が心理カウンセラーになるのは厳しいでしょう」と言われており、私自身も自覚していました。

そのため、「自分の課題を解決したい!」と切望しており、大学院を修了後、教育分析(精神分析療法)を受けます。

教育分析とは、心理カウンセラーを志す人が自分自身も心理カウンセリングを受け、自分の課題を解決するためのものです。

ところが、教育分析は、「あなたは病理が深い」という理由で、2年で打ちきり。

 

「だれかに頼らずに、自分で自分を変えよう!」

あきらめずに、集中内観に通いつめました(5年間で10回)。

母への怒りは、わりと早めに解消したのですが…。

「他の人が私を許しても、自分が自分を許さない!!」という考えがぬぐえません。

 

何とかしたいと思い、様々な心理療法の研修会、ワークショップなどにも参加しました。

その結果、20代では「34歳より先の人生が見えないから死んでもいいか」、「自分の遺伝子は絶対に残したくない」とまで思っていた私が、なんと、結婚して、息子を出産。

自分でもこの変化にビックリしました。

 

「これで幸せになれる?」と思ったのも、つかの間、夫がほしいものを我慢できないのです。

私の貯金を手付金にして、ローンを組み、自宅、自家用車を買ったことを手始めに、ほしいものを次々と手に入れていく。

しかも、結婚から数年後、夫が仕事を失い、無職の期間が2年。

やっと正社員の口を見つけても、夫は自己流をつらぬき、残業を拒否して契約社員に格下げ。

私は、家計を支えるために必死に働き、家事、育児も一人でこなしました。

「私がダメな人間だから、こんな目にあっているんだ」と、お風呂や寝室で、ひとり涙する日々。

 

家庭では、夫とのケンカが絶えず、息子にも影響が及びます。

息子も不安だったのでしょうね。

小さい時から一人で寝ることを嫌がり、私が一緒に寝ないとずっと起きていました。

保育園年長時は、家のトイレを怖がり、私が付き添わないと行けませんでした。

小学校に入学してしばらくすると、学校へ行くことを怖がり、小学校1年生の4月~10月まで毎朝、学校へ送りました。

 

職場では、必死に頑張っていたのに、「カウンセラーには向かない。別な仕事を探したほうがいい」と、言われる始末…。

仕事でミスが多いことから、私自身に、診断がつかないまでも、発達障害の特徴があることにも気づきました。

 

一度きりの人生、このままで、終わりたくない。

心が軽やかな日々というものを、体験してみたい!

どうしても、あきらめがつかず、ビジネス系の研修会、心理療法のワークショップに参加し、試行錯誤、悪戦苦闘を続けました。

特に「ハコミ・セラピー」との出会いは、私を変えました。

マインドフルネスを使って心理療法を行う「ハコミ・セラピー」。

これまで、どうにもこうにも手が届かなかった心の痛みに、そっと優しく手を触れてもらったような気がしました。

 

そして、ようやく、気持ちが楽になってきたのです。

ひとりで泣くことが減りました。

仕事でも、長年、指導を受けている師匠から、「まともになってきたね」と、うれしいお言葉。

人が怖くて避けていたPTAの活動にも、参加できるようになりました。

 

そんなとき、母が亡くなりました。

しかも、「ナオミは、バカで、のろまで、肝心なときに役に立たない」という言葉を残して。

1歳下の弟のことは、ほめちぎり。

9歳下の妹については、将来のことを心配して。

わ・た・し・だ・け・ダ・メ・人・間・か。

 

「母に認めてほしい」

ずっとそう願っていた私は、地獄の底へ突き落されました。

泣き暮らしたいけれど、仕事もあるし、家庭もあるし、何より、母の死後の手続きのために、やらなければいけないことが山積み。

頑張って自分の気持ちを引き上げても、気力が尽きてどーんと落ち込むことをくり返し、まさに血ヘドをはくような日々。

 

ツライからこそ、何とかこの状況を脱したいと思い、自分の内面を探求し、整理する努力を続けました。

心の平穏を取り戻すために、効果がありそうなことは、片っ端から試しまくる。

日々、小さな実践を積み重ねる。

 

次第に、母への思いが整理されていきます。

母自身も、親との関係でツライ思いを重ねてきた訳だから、まあ、仕方ないなあ。

母も、発達障害の特徴を持っていて、生きづらかったんだろうなあ。

私が兄弟の中で心身ともに一番丈夫だったから、母のサンドバッグ&ごみ箱に選ばれたのかなあ。

父が生まれたばかりの私を溺愛していたから、私にヤキモチを焼いたのかなあ。

母なりの形ではあるけれど、私にも愛情を注いでくれていたなあ。

私は、母のことが大好きだったんだなあ。

 

自分の内面を探求するなかで、「ハコミセラピー(マインドフルネスを使って無意識や身体に働きかける心理療法)」、「ストレングス・ファインダー(自分の才能を知るテスト)」が、私の推進力となりました。

 

母の死から1年半が経った頃、母の最期の言葉があまりに気にならなくなってきました。

仕事やプライベートでも、腹が立つ時、悲しい時もありますが、しばらく経つとスーッとなくなります。

引きずりません。

 

離婚に応じてくれず、「早く死んでくれ」と願っていた夫とも、関係が劇的に改善!

私がお願いすると、私が嫌がることをやめてくれるようになりました。

頼まなくても、家事を手伝ってくれるようになりました。

相変わらず、私の気持ちを汲み取ることは苦手な夫です。

でも、私が何度も何度も伝えると、分かってくれることが増えました。

そのため、夫に対してイライラすることが減り、夫婦喧嘩も激減。

 

そして、中学に入学してからはゲーム三昧で、「俺はプロゲーマーになる。高校は通信制でいい」と言っていた息子。

私と夫との関係が改善して少し経った頃、ゲーミングPCを片づけ始め、全日制の高校を目指して勉強に力を入れ始めました。

自分で選んだチャート式の問題集を解き、友だちと図書館で勉強するようになったのです。

これはもう、奇跡としか言いようがない!

 

そして、気づきました。

「自分は、自分のままでいい」という感覚がもてると、いろいろなことがうまく回っていくんだ。

人からの評価は関係なくて、自分が自分にOKを出せばいいんだ。

 

とはいえ、「母にほめてほしかったなあ…」という残念な気持ちは、ちょこちょこと顔を出します。

三歩進んで二歩下がる、行きつ戻りつという感じです。

私の精神修行は、まだまだ続きます。

 

あなたへのメッセージ

このブログを始めたのは、「人とはちょっと違う特徴+傷つく体験=苦しい思い」を抱えているあなたをサポートしたいと思ったからです。

もって生まれた特徴が強い人は、環境とのミスマッチがあると、生きていくのが大変。

自分を責めたり、他人をのろったりしたくなります。

 

でも、ちょっとした努力や試みを重ねていくと、心軽やかな毎日を送ることができます。

もって生まれた特徴をなくさなくてもいいし、性格を直さなくてもいい。

完璧でなくてもいいし、今のままの自分でいい。

そう納得すると、いろんなことが、いい感じで回っていくのです。

 

このブログでは、私が、心軽やかな日常を手に入れるまで、悪戦苦闘した日々の中で思ったこと、気づいたこと、実践してきたことを中心に、記事を書いています。

今、ツライ思いをしているあなたも、笑顔になりますように!

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

Posted by 藤野 ナオミ