【私が癒えるまでの全記録】② 母への怒りはすぐ消えた

2020年9月27日

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「親への怒りがなくなると、心身の不調が回復する」という記述を読み、母への怒りをなくしたいと願っていました。

でも、教育分析(精神分析療法)を2年で打ちきられた私

「教育分析を受けるより、集中内観へ行ったほうがいいよ」という大学教授の言葉を思い出し、早速、集中内観へ行きました。

そして、初めて集中内観へいったとき。

なんと、母への怒りが、なくなりました!

今回は、集中内観を通して得たものについて、お伝えします。

 

※「集中内観」とは、内観研修所に6泊7日滞在し、自分について調べるものです。
親など周囲の人に対して、「してもらったこと」、「して返したこと」、「迷惑をかけたこと」を、小さいときから年代を区切って調べていきます。
「集中内観」について、詳しくは、こちら。


「集中内観」での劇的な体験

 

私の母は、私が母の言う通りに動かないと、激怒します。

要領が悪いせいか、私は、しょっちゅう母に怒られていました。

 

母は、弟や妹と私を比べて、私がいかにダメな人間であるかを、とうとうと説きます。

ひどい言葉を投げかけられることも、よくありました。

まあ、実際、私は、できの悪い子どもだったので、仕方がないなあとは思っていたのですが…。

心のどこかでは、母に対して、静かな怒りを感じていました。

 

初めて集中内観へ行き、母に対する内観をしたとき。

母に対する怒りが、次々とわいてきて、母について調べることができませんでした。

母に「してもらったこと」、「して返したこと」、「迷惑をかけたこと」を調べていくのですが、「母にされたひどいこと」、「母にしてもらえなかったこと」ばかりが思い出されます。

 

それで、「うらみ帳」を書きました。

怒りや恨みが、次々と出てきて、調べられない、という場合。

「うらみ帳」と名づけた紙に、恨みや怒りを、箇条書きで書いていくのです。

 

私は、母に対する怒りや恨みを、90項目ぐらい、書きました。

書いた後は、それを内観研修所の所長に預けます。

恨みや怒りをすべて吐き出した感じで、スッキリしました。

 

その後、改めて母に対しての内観をおこなったのですが、深まる、深まる!

 

生まれてから3歳までの自分を調べていたとき。

母の子宮から出て、身体を縮めて、ぬるぬると産道を通っていき、生まれ落ちる、というイメージが現れたのです。

 

母は、胎内で私を10カ月近くにわたって育み、命をかけて、私を産んでくれたんだ!

母に対する感謝が、心の底から強くわきあがってきました。

 

「集中内観」で、母への怒りがなくなる

 

初めての集中内観。

わずか、1週間で、母に対する怒りが、なくなりました。

 

集中内観を通して、気づいたこと。

私は、母に、「理想の母の姿」を重ね、そうではない母に、怒りを感じていました。

 

変なたとえですが、ダチョウである母に、シラサギのように優雅に空を飛ぶことを求めていたのです。

そして、空を飛ばずに、地面をドスドス走り回っている母に、腹を立てていました。

 

ですが、集中内観を通じて、「母の身の丈」が見えてきました。

たとえて言うなら、母は、シラサギではありませんでしたが、ダチョウとして、精一杯、私に愛情を注いでいたのです。

 

「母の身の丈」を実感すると、怒りがしずまっていきました。

 

「集中内観」で、自分の未来が変わる

 

集中内観で得た、もう1つの効果。

自分の将来についての考え方、行動が変わりました。

 

大学院の修士課程在学中に、授業で自分のライフコース(将来の設計図のようなもの)を作成していたとき。

当時、私は、20代後半でしたが、結婚することなど、考えたこともなく。

「子どもを産む=自分の遺伝子を残す」、なんてこと、「子どもがかわいそう過ぎて、できない」とも、思っていました。

 

それ以上に、34歳以降の自分の姿が、まったく思い浮かびません。

それで、「34歳で死ぬ」ことにしたら、教授がひいていました。

 

そんな筋金入りの私が、集中内観を通じて、「子どもを育てる経験をしてみたい。そのために、結婚もしよう」と思うにいったのです。

その後、36歳で結婚し、38歳の誕生日の3日前に、息子を出産。

集中内観に行っていなければ、あり得なかったことです。

 

「集中内観」で、自分らしく在るための鍵が、自分に戻ってくる

 

集中内観にいって、素晴らしい成果はあったのですが…。

思いがけないことに、「自分はダメだ!」という気持ちが強くなり、苦しくなりました。

 

母や父はもちろん、周りの人たちが、私を大切に思ってくれていることは分かるし、ありがたく思います。

ですが、「ダメな私を、世界中の人が受け入れても、私は、ダメな私を、決して受け入れない!」という気持ちが、強くなってしまいました。

 

つらくはありましたが、これは前進でした。

自分らしく在るかどうかを握るカギが、自分に戻ってきた感じです。

 

人のせいにしているうちは、逃げ場があって楽ですが、それ以上の進展はありません。

自分のせいになったときは、逃げ場がなくて苦しいのですが、あきらめなければ、最終的に、「自分が自分らしくいても、楽な感じ」に近づいていきます。

自分の思い通りに動かすことができるのは、自分だけだからです。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

続きはこちら。内観を深めることで、自分を許さないという根本原因が分かりました。

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